自然と調和する水織音(みおりね)の宿に 光で創る新たな価値「土湯温泉 山水荘」
福島市西部、吾妻連峰の裾野に位置し、荒川上流域の渓谷沿いに大型ホテルや旅館が並ぶ温泉郷、土湯。一帯は磐梯朝日国立公園に指定され、周辺の豊かな自然は目を見張る美しさ。豊富な泉質と湯量が特徴で、かつては湯治場として人々を癒やしてきた歴史を誇っています。その一角に佇む「水織音(みおりね)の宿 山水荘」は二段の滝を眺める露天風呂や千坪の日本庭園など、大自然のパノラマと共に楽しめるさまざまな景観を備えています。その魅力をさらに高めようとリニューアルと共に施された光の演出について、タカショーデジテック代表取締役社長の古澤が山水荘の常務取締役 渡邉利生さんのお話を伺いました。
震災とコロナ禍を経た今だからこそ
古澤:僕らは西日本が拠点で、実は土湯温泉って知らなかったんです。でも福島では三名湯の1つに数えられるんですよね。土湯の他にはどこがあるんですか?
渡邉さん:高湯温泉と飯坂温泉ですね。どこもけっこう規模のある温泉地なんです。高湯はじゃらんの「全国温泉地満足度ランキング」ナンバー1に選ばれましたし、飯坂は昔ながらの100軒くらい旅館のあった大きな温泉地。土湯はどっちかっていうと歴史が自慢です。聖徳太子の頃からですので。
古澤:川のほとりを鉾で突いたら湧いたという伝説があるんですよね。
渡邉さん:そうですそうです。「突き湯」が「土湯」になったと言われています。
古澤:すごく自然豊かでいいところですが、やはり東日本大震災の時大変だったんですよね。
渡邉さん:そうですね。うちは避難所として受け入れもさせていただいたりしました。
古澤:当時はもうこちらにいらっしゃったんですか?
渡邉さん:私は大学の卒業式の1週間前で、東京にいました。でも東京も揺れたじゃないですか、あの時。で、まさかそれが福島県の地震だなんて思わなくて、「あれ、これ大丈夫なのかな故郷」ってすごく心配でしたし、戻ってきてからも大変でした。
古澤:それこそ風評被害とか。
渡邉さん:風評被害は強かったですよ。まず国内。今でこそ耳を疑いますけど、予約の電話がかかってきて「ちょっと福島方面に行こうと思うんですけど」「ありがとうございます」「ところで水って飲めるんですか?」って。そういうところから始まっちゃうんですよね。
古澤:そういうのはまだ根強く残っているんですか?
渡邉さん:いや、国内はほぼもうないですね。今度は海外のお客さんです。でもインバウンドのお客様はもうどんどん来ていますからね。
古澤:それを聞いてみたかったんです。普通のイメージだけでいくと、外から見て僕らが例えばチェルノブイリにいくような感覚だと思うんですよね。でもあの辺りにも大丈夫なところがいっぱいあって、でも外の人から見ると、まず日本がそうで、その中でも福島って言ったらもう全部が影響してるんじゃないかって思いが多分強いんだと思うんですよね。
渡邉さん:オリンピック前まではそういうのが結構ありましたね。オリンピック後はすごく強く意識している国とまったく気にしない国とに分かれました。
古澤:渡邉常務は震災当時は学生だったとおっしゃってましたが、卒業してすぐここに?
渡邉さん:ちょっと修行をしてすぐ戻りました。ややもするとみんな楽してきたんじゃないかって言うんですけど、震災直後の立て直しから始まったんで、私なんか旅館に戻ってから苦労しかなかったですよ。
古澤:でもその苦労は絶対生きていると思いますよ。
渡邉さん:おかげ様でこういうふうにリニューアルに漕ぎ着けられたのでよかったなと思っています。
インバウンドを見据えた原点回帰
古澤:これからインバウンドも増えてきそうですね。もう結構来られているんですか?
渡邉さん:うちは結構先駆けて来ていただいていますね。
古澤:どこの国が多いの?
渡邉さん:福島県はけっこうまちまちなんですけど、ベトナムからチャーター便が福島空港まで飛んでいたり、あとは台湾便が仙台空港まで来ているので、そのあたりからも多いですね。あとはタイから団体ではなく個人のお客様が来たりですね。こういう景色を見てカシャカシャ自分で写真を撮られています。アジアの方ってすごくこう自分たちがこれだけリッチな体験をしてるよって発信してくれるじゃないですか。だから、浴衣着てライトアップした庭で写真撮っていただいたら「よっしゃ」ですよね。
古澤:インスタにそういうのが上がってくると東京や大阪、京都じゃなくてもいいところがあるって知ってもらえますね。
渡邉さん:そうなんです。旅慣れた方ほど東京や京都は外国人が多すぎて、なんか日本に来た意味がないんですって。
古澤:グアムとかハワイに行って「いらっしゃいませ」って言われるようなものですよね。確かに安心もあるんですけど。
渡邉さん:そういうのいらないよって。逆に全部日本語なところで「日本に来たな」って感じる、そういうお客様が多いですね、東北は。
古澤:これから渡邉常務の代になってくると、ホテル旅館の過ごし方も変わってくるんでしょうね。例えばインバウンドもそうですけど、ヨーロッパの人たちって1泊2日とかじゃないんですよね。旅行は大体1週間、ないしは2週間、長い人だと1ヶ月間旅行している。そうすると旅館の中でずっといるってことないじゃないですか。
これまでは囲い込んでいたお客様を、ちょっとずつ街の中に還元していくというのはこういう温泉街の街づくりの中で今後すごく重要になってくると思います。実際そういう依頼も多くて、もちろんホテル旅館のエントランスやこういうお庭とか、浴室のライトアップもあるんですけど、それだけでなく街の共有スペースを明るくしてほしいっていう話も結構多くなっています。そのあたりってどう思われますか?
渡邉さん:いやほんとにおっしゃる通りで、近くにあづま総合運動公園ってあるんですけど、銀杏並木のライトアップをしたんですね。そしたらすごい人気のスポットになりまして、秋になるとわんさか人がいらっしゃいます。さもない風景がライトアップしたことによって別の魅力を生み出して、新たな観光スポットの創出ということはありますよね。
古澤:ホテルの中で全て完結させないといけないと思うと、全て抱え込んでコストをかけないといけないけれど、街自体に魅力を作って、泊まる場所がここっていう考え方が広まっていくと、パイが増えていくわけですからね。
渡邉さん:旅館もスタイルが多様化していて、人手不足もあって食事を制限して外食と連携してやっていくところもありますが、外にお客様が出ていった時に真っ暗で何も魅力のない温泉街だと興醒めしちゃうし、逆に街の明かりがちゃんと点いてて、街歩きして楽しいなってなるとまた新たな魅力の創出になってきますからね。今後はそういうことも考えたいですね。
古澤:山水荘さんって創業70年なんですよね。
渡邉さん:はい、70年ですね。ただ、実はうちの親戚がもともとは別の旅館をやっていてその分家になるので本家を辿ると300年ぐらい旅館業をやってるんです。その本家は震災でなくなっちゃったんですけど、そうなってくると、この地域で我々の一族が300年温泉旅館を営んでいるっていうのはDNAとしてあるんですね。
古澤:そう考えるとすごい歴史ですね。山水荘さんだけでも70年。ずっと順調に来てるんですか?
渡邉さん:最初はやっぱり湯治宿でした。土湯温泉は湯治の温泉地で「山水荘」っていう名の通り、こんな感じの景色の中でポツンと小さく細々とやってきて、高度経済成長の頃に大型化したんです。でもいま一度、上質な旅館の在り方に立ち帰りたいなと思いまして。こういう個人化の時代で、特にコロナで団体も少なくなりましたので、やっぱりもう少し原点回帰じゃないですけど、旅でくつろいで温泉入って疲れを癒して…。湯治文化なんで、やっぱり長く滞在して疲れを癒やすっていうのが土湯温泉のアイデンティティ。そこに国立公園っていう自然がありますので、そういうところに原点回帰していこうという流れがありますね。
古澤:そっか、じゃあ遊びに来て街歩きっていうよりも自分の心も含めて落ち着いてゆっくり癒すというプライベートな場所という部分に力を入れているんですね。
渡邉さん:はい、そこで大事だなと思ったのが、せっかく自然の風景があるのに、建物の中は綺麗にしたんですけどその風景が中に入ってこなくてちょっと困ってたんですよね。その時に以前お会いした古澤さんを思い出させていただいたのです。
新たな時代を照らす光の演出を
古澤:これまでも照明は入っていたんですよね?
渡邉さん:入ってはいたんですけど、昭和の最後、平成の半ばの照明のあり方だなと思っていまして。明るすぎて全体的にボヤッと明るい感じで。
古澤:まだLEDになってなかったりとか、点で照明するというよりは全体を照らすっていう感じですね。
渡邉さん:そうです。だから今みたく計画性やデザイン性なんて全く。それでもいろいろな工夫はしてたんですけどね。竹灯籠をつけてそこから照らしたりとか。でもそれも平成のやり方だなぁという感じは否めませんでした。
古澤:じゃあ、今回そのリニューアルのタイミングで我々が入らせてもらったんですか? もう少し後ですよね?
渡邉さん:いや、実際作ってみてわかったんです。外の風景が全然取り込めてないなって。せっかくいいものを作ったのに魅力が半減してしまってるなと感じたんです。そういう思いがあったので改めてご相談をさせてもらいました。作ってみると本当に改めて照明って大事だなと思いましたね。
古澤:それは嬉しいですね。実際どうですか? この照明計画を施して。
渡邉さん:リニューアル前は大浴場、お風呂が売りの宿だったんですけど、今どこが点数高いかっていうと、夕食の点数が高くて、で、その口コミを分析していくと、料理がよかったプラス会場の雰囲気。どんどん上がってきています。やってよかったなと思っています。
古澤:それは最高ですね! エントランスのお庭もきれいにされていますし、そこから入ってくると、一番いい景色が現れる。いきなりフロントじゃなくて庭が見えるっていいですよね。遮断してないっていうか。
渡邉さん:今まで逆にそこが活かせてなかったんです。こういう景観があるのに団体旅行中心で物見遊山に来るような賑やかな感じでした。でも今は落ち着いた雰囲気になったので、リピーターのお客さんが「なんか静かな宿になりましたね」って。でもそれは原点回帰なのでいいですね。
夜は客室を少し暗くして庭を見ていただくと、すごく幻想的。さっきも言いましたけど、海外のお客さんっていかに自分たちが楽しんでいるかを発信するんですね。夜景をバックに自分たちを撮ったり、そうしたくなるように演出できてきてるなっていうのはすごくありがたいです。
古澤:そうなってくると、夜の写真がSNSに増えているんでしょうか?
渡邉さん:多いですね。改めてライトアップは大事だなと思っています。特に食事会場から庭のライトアップがきれいに見えるので、そこは本当に口コミが多いですね。お風呂からの景色の見え方も改めてやり直したので、滝のライトアップ、後は温泉に浸かりながら見る景観も好評です。
滝のライトアップを眺められる太子の湯
古澤:今回のライトアップは、露天風呂もあって滝もあって、中庭もあって…いろいろありますけど、常務としてはどこが一番うまくいったと感じていますか?
渡邉さん:実は今回、観光庁の高付加価値化事業で改修させていただいた1階の男性の露天風呂の雰囲気が気に入っています。あそこは実は今まで何にもなかったんです。殺風景で露天風呂もない、ただの草っ原で、もったいないなと思ってたんですよ。今回改修してライトアップもして、とてもよくなったなと満足しているんです。もちろん庭も確かによくなったんですけど、もともと全く何も魅力のない草っ原がああいう風にできたのは非常に私もやってよかったなと思っています。
それぞれの立場で創る観光の価値
古澤:我々は女将さんも含めて従業員の方々にカッコイイなとかきれいだなと思ってもらうのが一番で、そこに自信を持てば訪れるお客様に必ず伝わる。それが結果的に集客や稼働率、単価が上がることにつながることが大事だと考えているんです。だから、常務から「照明を入れてこれだけ写真を撮ってもらって、集客につながって単価が上がったんです」って数年後に言ってもらえると一番嬉しいですね。
渡邉さん:いやそれならもう結果出てますよ。
古澤:え、そうなんですか!?
渡邉さん:リニューアル以降、うちも付加価値をつけようと、その分のお代は頂戴して、でもお客様が必ず満足する内容を用意しています。今まではどっちかっていうと数を集めて団体で泊まる旅館だったので薄利多売でやってましたけど、そのモデルも限界だと思っていたので、今回のリニューアルで単価も2倍になりました。だけど口コミが落ちることなくさらに上がって、どんどんお客様の満足度が上がっています。
古澤:結構大きなリニューアルだったんですね。従業員さんがよくついてこられましたね。
渡邉さん:はい、もう大改革です。ちょうどタイミングが良かったんです。コロナでお客様が来ないし、旅行の形態も変わっている。ゆるやかに移行していたら「じゃあ団体さんどうするんですか」ってなってたと思うんですけど、結局個人のお客様ばかりになってきたので。だから、このタイミングでみんなでアクセル踏んでバット振らないと将来はないよと。思い切って振りました。
客室からの眺め
オープンキッチンレストラン「信達」から日本庭園の夜景
個室食事処「料亭 桃里」からの眺望
古澤:変わるしかなかったんですね。でも働いている人も、いい宿になっていく方が嬉しいですもんね。モチベーションが全然違うと思いますよ。
渡邉さん:今までのようにお客さんをたくさん入れて賑やかにっていう感じよりも、自分たちもプライドを持ってサービスできるし、自分たちが自信を持って紹介できるものができたっていうのはよかったです。
古澤:そのあたりは常務の方針ですか?
渡邉さん:そうですね。社長とぶつかり合いながら(笑)。でもリニューアルするプランはもともとあったんですよ。でもコロナで一旦それが中止になって、どうしていいかわからないってなった後、徐々にコロナ後の旅行形態もちらちらっと見えてきたので、「社長、今です!」って。
古澤:本当にピンチがチャンスになったってことですね。しかもみんなのマインドも今までの常識を一回消せたタイミングですもんね。
渡邉さん:実は人数でいうと6〜7割しか戻ってないんですけど、客単価が上がったことで、おかげさまで業績も100%以上に延びました。ありがたいことです。
古澤:時代の中でコンビニとかチェーン店とか、いわゆるどこでも同じ味というのが贅沢な時があった。今は「ここじゃなきゃとか今じゃなきゃ」。昔はそうだったのに戻ってきていますよね。
渡邉さん:今のタイミングでリニューアルできて、またインバウンドが戻ってきて、なんかうまくいきすぎて怖いぐらいです。でもこの3年間本当に苦労しましたので、落ち着いた時に取り返すという気持ちで頑張ってきました。でもピンチの時でもチャンスがちゃんと転がっているんだなと実感しています。
古澤:これから土湯温泉、また山水荘をどうしていきたいっていうのはありますか?
渡邉さん:行くと癒されて、ホッとできて「また帰ってくる場所」と思ってもらえる宿を作りたいんですよね。1回行ってああよかった、じゃなくて、また行きたくなる場所。そういう心の繋がりのようなところを非常に大切にしていきたいなと。そういう上質さを、日本だけでなく、これからは海外のお客様にどう伝えるか。福島はまだまだ風評被害が強いので、福島に来てすごいよかったよというのを届けるのも我々の仕事だと思ってるんです。御社は「光」っていう側面ですが、我々は「宿泊」「滞在」っていうところで「行ってよかった」をどう届けられるのかがこれから大事になってくると思いますっています。
古澤:日本には4つの季節があるので、これだけのお庭があれば何度来ても同じ場所にきたと思わないと思うんです。夏に見る景色に紅葉、そして雪景色。我々も春夏秋冬をともに演出していければと思います。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
水織音とは小さな川のせせらぎが織りなす音。まさにその名に相応しい美しい景観が楽しめるお宿に、タカショーデジテックの光が加わり、さらに広がりを見せ始めています。その価値が1人でも多くの人に、また国外まで届けられたらと願い、対談を締めくくりました。和歌山から全国へ、そして世界へ。観光の未来に灯りを灯すべく、これからも各地にさまざまな光の提案ができればと思っています。ぜひご期待ください。
土湯温泉 ホテル山水荘
〒960-2157 福島県福島市土湯温泉町字油畑55
TEL:024-595-2141
HP:https://www.sansuiso.jp/
Credit
照明ディレクター:山下匡紀 / MASAKI YAMASHITA
株式会社タカショーデジテック Creative Lab.
企画グループ ライティングデザインチーム
武蔵野美術大学 非常勤講師
富山市景観まちづくりアドバイザー
2015年度グッドデザイン賞 復興デザイン受賞
2018年度グッドデザイン賞100 受賞
2022年度日本空間デザイン賞 LongList(入選)
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