「避難所の衛生ストレス」解決を目指す 産官学連携のプロダクトデザイン

地震に豪雨災害と、近年各地で発生している自然災害。被災すると突如日常生活が送れなくなるばかりか、長期にわたり避難所生活を余儀なくされるケースも珍しくありません。だからこそ、防災だけでなく、起こってしまった場合の対策もまた喫緊の課題と言えます。
そんな中、長期化する避難生活での衛生ストレスに着目し「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトを立ち上げたのが、イノベーション・エージェント「UCI Lab.合同会社」と京都工芸繊維大学デザイン・建築学系 櫛研究室。そして、その商品開発の1つにタカショーデジテックのデザインチームCreative Lab. マネージャーの斎藤勝美とデザイナー 田中愛乃も携わりました。産学連携で取り組んだプロジェクトを振り返り、UCI Lab.代表の渡辺隆史さんと斎藤・田中の2人が対談。今回はその様子をお届けします。

デザインと技術で挑む避難所の「衛生ストレス」

斎藤:このプロジェクトはいつ頃から取り組んでいらっしゃるんでしょうか?

渡辺さん:2020年の11月から検討を始めて、実際に動き出したのが2021年なので、もう3年以上やってますね。

斎藤:何かきっかけがあったんでしょうか?

渡辺さん:2020年ですから、ちょうどコロナの始まった頃だったんですよね。当時は熊本での災害時に県外のボランティアを受け入れられなかったり、炊き出しができないなどの問題が発生していると聞きました。私はもともとパナソニックさんとお仕事をしていたので、パナソニックさんが持つ技術と学生さんのアイデアを取り入れて何かできないかということで、プロジェクトが立ち上がりました。

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「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト ≫

田中:最初はどんなところから始まったんでしょうか?

渡辺さん:初期の頃は「オゾン水サーバー」や「風の洗濯機」を手掛けました。そこから具体的に避難所で役立つものをつくるために活用する技術を1つに絞りましょうということで、ナノイーXのポータブル発生装置を使ってどういったものができるかを考えたんです。その時に出た4つくらいのアイデアを実際に避難所の支援をしている方に見ていただいた中で、特に反応がよかったのがお2人に協力いただいた「組立消臭クローゼット」でした。でもUCI Lab.というのはリサーチからコンセプトを作るという仕事が多いので、商品の形にするという部分はあまりしてこなかったんです。今回はそういったプロダクトデザインは京都工芸繊維大学の学生さんがこういうものを実現したいというプロトタイプを作ってくれたんですが、現場で使えるようにするには何かしらプロの知恵を借りた方がいいなということで、斎藤さんにお声がけさせていただきました。

田中:お2人はもともとお知り合いだったということですよね?

斎藤:はい、2010年くらいに1ヶ月かけて同じセミナーを受講していて、そこで知り合ったんですよね。

渡辺さん:そこから連絡を取り合って、何年かに1回お互いの仕事場に見学に行って雑談したり情報交換をするような関係になりました。ちなみにそのセミナーの講師の中の1人が、今回のプロジェクトを一緒にしている京都工芸繊維大学の櫛先生だったんです。

田中:3人共にそこで繋がっていたんですか。おもしろいご縁ですね。


学生の熱意を受け継ぐデザインを

斎藤:まず最初はヒアリングから始まったんですけど、学校に行くっていうのでちょっと緊張感がありましたね。やったことのないジャンルというのもありましたけど、それ以上に学生さんと話すということに心構えが必要だったというか。あの時渡辺さんいらっしゃいましたっけ?

渡辺さん:はい、初回は私もいましたよ。あの時そんなに緊張されてたんですか。

斎藤:少ししていましたよ(笑)。でも学生さんとお会いしてみると、内面的にしっかりと考えてらっしゃるんだなとすごい熱量を感じました。めちゃくちゃ試行錯誤した痕跡がありましたから、彼らのやっているものをひっくり返したりすることはしないでおこうと決めました。勝手に改変せず、残すべきものは残すべきだと。そもそも根底に商売じゃない課題があって、研究室で研究した結果のプロダクト。初回で考えたのはディテールを優先しかっこいいものを作るのか、粗削りでも要件をしっかりと満たすものにするのか。結果的に後者に寄せたいなという形でスタートしました。

田中:私はそこから1/2スケールの模型を作っていくという裏方作業だったんですけど、図面ではなく模型を作っていくという作業がすごくいい経験になりました。

斎藤: UCI Lab.さんの「机上論ではダメ」をリアルでやってやろうっていう僕の裏テーマだったんですよね。普段のコンセプトワークは机上で行うことが多いけれど、渡辺さんの手法に合わせたいなと思って、モデルを作るというやり方で田中さんにお願いしました。

渡辺さん:そうだったんですね(笑)。それは初めて聞きました。


コンパクトに、組み立てやすく

田中:中に洋服が4〜5着入るかなり大きいものをA3サイズまで小さく折りたたみたいというリクエストに対して、実際に作ってみると厚みで条件が変わるのがわかり、思った以上に苦戦しました。でも避難所で小さくしたい理由もわかっていたのでそこは譲れないところ。再利用できる強度や軽さを考えてプラスティックダンボールを利用したんですが、たたみ方に加えてコスト的にあまり高くならないように1つの板から取れる歩留まりも考えました。

渡辺さん:技術上の制約があって、ナノイーXを中に充満させたいので普通の紙素材を使うとそこで吸収してしまうんですよね。ツルツルのビニールなんかだと大丈夫ということで、最終的にプラダンに。でもできたものは「さすが!」でしたし、勉強になったのはここで何を達成するのかをきっちりと分けていた点でした。

斎藤:学生さんのもともとのコンセプトの要件は「ナノイーXが機能して、持ち運べて、誰でも組み立てられて、ハンガーで服がかけられる」こと。こういうプロダクトではそもそも直方体が適切なのかという風に形状の在り方から見直すこともよくあるんですが、今回は基本的に初期の展開図は変えないようにして、4つのブロックで組み立ての部分の課題を解決することにしました。

渡辺さん:もともとの状態だと初見で組み立てるのがなかなか難しくて、2人がかりでないと作れなかったんです。それを1人で、自然に組み立てられるようにしていただいたので感心しました。学生さん達にはこうありたいという理想形はあれど、その解決策がわからない。そこの細かい作り込みをやっていただいたのが印象的でした。実際に完成するところはオンラインで見ていたんですけど、その後現物を持って福岡に行った時に、私もなんの説明書も見ずにスッと組み立てることができたんです。

田中:そうなんですね!「取説なしで」は目指していたことなので嬉しいです。試作段階で他部署の人たちにいきなり声をかけて組み立ててもらったりしていました。

斎藤:他にも組み立てた時にカチッとはまるよう、段差であたりをつけて気持ちよく組み立てられるよう工夫しましたね。例えばテントってフレームがあって色がついてたりで直感でも組み立てられたりするじゃないですか。あんな感じで誰でも作れるというのが目標でしたから。なんとなく開いたり折ったりすると自然にこうなる、という風に。2つのパーツを同じ形にしたのも、1つできたらもう1つも作り方がわかるというのを目指したからです。あとは軽さや、マジックテープ1つとってもしっかり剥がれないくっつき加減とかも結構考えたポイントです。

渡辺さん:僕自身、パーツが自立しないことや角部分の強度の悩みについて相談した際に、斎藤さんが話した「僕たち(デザイナー)の世界では『まず四角を疑え』と言われている」という話が印象的でした。実現したいことを形にするのは、トリガーと言えることがたくさんあるんだなと勉強になりました。


プロジェクトを振り返って

渡辺さん:今回作っていただいたのはプロトタイプ。具体的に被災地ですぐ使うものではありませんが、今年の4月から福岡県の広川町というところで社会福祉協議会と共同で実証実験をしている段階です。この形で完成したことで、確実に次のステップに生きています。ありがとうございました。ところでお2人はプロジェクト全体で何が印象に残っていますか?

斎藤:僕は学生さんとふれあう機会があまりなかったので、やりとりするのが単純に楽しかったですね。予想に反して「自分が自分が!」ってノリじゃなくて、一歩引いて結構素直に聞いてくださる方ばかり。そしてなんといっても裏付けをやりきっているリサーチ力みたいなものがすごい。毎回部屋を訪れるたびに「主張しすぎずに主張する」佇まいのようなものがいいなと思っていました。

田中:そもそも1/1スケール(原寸大)を自分の手で作ることがあまりなかったので、そのあたりが苦労はしたけれどおもしろかった部分でもあると思っています。

渡辺さん:よかったです。それにしても、斎藤さんとは10年以上情報交換しているけれど、ご一緒するのは今回が初。実際にお仕事することができて勉強にもなったし、本当に楽しかったです。これをきっかけにまた新しいことができたらいいですね。

斎藤:本当にそうですよね。また別のことでもいろいろできたらいいなと思っています。今後もよろしくお願いします。

渡辺さん:こちらこそ、よろしくお願いします。

斎藤:今日はありがとうございました。

〈渡辺隆史さんプロフィール〉

UCI Lab.合同会社 / 代表・所長
イノベーションオーガナイザー
経営修士(専門職)、伴走型支援士
事業構想大学院大学 非常勤講師

マーケティングプランナー/リサーチャーとしてキャリアをスタートし、2008 年ごろから商品開発や新事業開発のプロジェクト支援を開始。2012 年に株式会社 YRK and 内の社内起業としてイノベーション・エージェント「UCI Lab.」を立ち上げ、 2021 年に独立分社化。

UCI Lab. では、様々なテーマで「少し未来のユーザー体験をつくる」プロジェクトを生活者起点と対話的協働によって実践している。
著書として『地道に取り組むイノベーション』(共編著、ナカニシヤ出版)。


UCI Lab. WEBサイト>>


地震に水害に雹(ひょう)災と、全国でさまざまな自然災害が相次ぐ中、こういった被災地でのストレス緩和はますます必要とされる課題です。今回は学生さんのアイデアをデザインに落とし込むという形で参加したプロジェクトについて、3人それぞれの思いを語っていただきました。
これからもさまざまな課題に向き合ったものづくりにも伴走できればと思っています。

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この記事を書いた人

Ask Design Lab.

ASK Design Lab.は、ふつうの日常をアップデートしていくためにデザインについての考察し、そのモノやコトの価値を高めていく仕事をするチームです。 自社のデザイン関連業務に加えて、他社他業種へのデザイン提供と幅広く活動しています。 そんな私たちのデザイン制作の裏側について語っていきます。

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