今や、日常で目にする機会が多くなったLEDサイン。その中でもさまざまなシーンで汎用性が高くて人気のネオンサインは、私たちの日常生活に溶け込む前から映画作品の雰囲気を高める演出手段の一つとしても用いられてきました。今回は、そんなネオンサインでの演出の参考になりそうな、映画に登場するネオンサインを6つのジャンルに分けて紹介します。誰もが知っている名作から知る人ぞ知るマイナー作まで、独自の視点でピックアップいたしました。皆さまは何作品知ってるでしょうか?
ノスタルジック系
~『雨に唄えば』『素晴らしき哉、人生!』『エルヴィス』~
まず最初にネオン管が普及した経緯を振り返ってみましょう。
1920年にアメリカ・ユタ州でトーマス・ヤングという人物が看板製作会社を設立しました。それから10年余後、ダムの建設によりラスベガスでの電力供給が可能になると予見したヤングは、ネオン看板の製作に注力。彼の会社は、ラスベガスの「サーカス・サーカス」や「ウェルカム・トゥ・ファビュラス・ラスベガス」など、多くの有名なネオン看板を製作しました。これらにより、ラスベガスはネオン看板の街として知られるようになったのです。
そういった背景もあり、華やかなショーの舞台として数々の映画でハリウッドは煌びやかに描かれています。その演出効果としてネオンサインは切っても切り離せません。
映画史に燦然と輝くミュージカル映画の金字塔、『雨に唄えば』(1952年)。
1920年代のハリウッドが舞台となっており、背景に映るクラシカルフォントの看板が当時の空気を感じさせてくれます。この作品の監督は主人公ドン・ロックウッドを演じた名優・ジーン・ケリー(スタンリー・ドーネンと共同名義)。降りしきる雨の中、明かりに照らされたショーウインドウの前で華麗なタップダンスと共に歌うシーンは映画ファンなら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
余談ですが、このシーンの撮影時、ケリーは39.4度の高熱を出していたとか。
後半、『ブロードウェイ・メロディ・バレー』の曲に乗ってステージで繰り広げられるダンスシーン。カジノを舞台にした煌びやかな電飾サインはまさに古き良きアメリカの象徴とも言えるでしょう。デコレーションレターとも呼ばれている電球が点滅するサイン。アーリーアメリカンのテイストを検討中の方には是非参考にしてもらいたい作品です。
少し時代を巻き戻しましょう。クリスマスの時期になるとアメリカではTV放映されるという『素晴らしき哉、人生!』(1946年)。
終盤、主人公・ジョージが存在しない世界のギミックとしてネオンサインは何度もカットインします。住んでいたはずの町に『POTTERSVILLE』という見知らぬ名前の看板が立ち、モノクロ映画なのに賑やかな色を感じさせるホテルやバーのネオンが怪しく光る。アメリカン・インディアンの横顔を模したデザインなど点滅するサインも多く、80年前のサイン事情を知る上でもおすすめな作品です。
ロックンロールの先駆者として知られるエルヴィス・プレスリーの生涯を描いた『エルヴィス』(2022年)。
1950年代のアメリカを舞台に、彼が最初に才能を知らしめることになるメンフィスのレコード会社やB.Bキングが圧巻のパフォーマンスを見せる『CLUB HANDY』 といった印象的なシーンにネオンが効果的に使われています。波乱の生涯をおくったエルヴィスの光と影。そのコントラストを表しているかのようです。
80’sカルチャー系
~『カクテル』『ワン・フロム・ザ・ハート』『パリ、テキサス』~
アメリカの都市部においてナイトライフを象徴する存在へと成長したネオンサイン。
映画の中でも、ネオンサインは重要な役割を果たしています。ディスコブーム再燃の火付け役にもなった『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)では夜のブルックリンを舞台にカラフルなネオンサインが随所に登場します。主人公のジョン・トラボルタがカクテル光線を受けて華麗なステップを披露するシーンは今も色褪せない名シーンです。
カクテルと言えばトム・クルーズの初期代表作も外すわけにはいきません。『カクテル』(1988年)はポスターやDVDのパッケージで「cocktail」の筆記体ロゴをショッキングピンクのネオン風に表現しておりバブルに沸いた時代の残り香を感じられます。トム演じるブライアンが開店したバー「Flanagan’s Cocktails & Dreams」の店名のネオンサインはアイコンとしても秀逸。公開から30年以上経過した今もネオン柄のTシャツやマグカップが販売されているほどです。
『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982年)は『ゴッドファーザー』シリーズや『地獄の黙示録』などで知られる巨匠・フランシス・フォード・コッポラ作品。
映像美へのこだわりは凄まじく、この作品でラスベガスの街をスタジオ内に完全再現するという前代未聞のセット撮影を敢行しました。約12万5000個の電球と16kmのネオンを使用し、架空のベガスの夜を彩る壮大なセットを作り上げました。結果的にスタジオの倒産を招くほどの規模となったそうですが…。
とにかく劇中には至る場面でカラフルなネオンが登場します。ネオンの光で人物が照らされていると言っても過言ではありません。僅か数秒ですがカジノ「tropical」前に設置されたピアノを弾く手の点滅ネオンが筆者のお気に入りでもあります。ディスプレイ業界の方はヒロインのフラニーがショーウインドウの装飾をしているシーンが気になってしまうかもしれませんね。
商業施設やアミューズメントの空間デザインでネオン演出を採り入れたいと考えている方には是非観ていただきたい一本です。
『パリ、テキサス』(1984年)はドイツ出身のヴィム・ヴェンダース監督作品。彼の作風とも言えるロードムービーで、父子が車でロスからヒューストンへと向かう道中にネオンが登場します。
コレクトコールを掛けるため立ち寄ったガソリンスタンド。電話ボックスを包み込むグリーンの光。ナース姿の女性が集う妖しい部屋の壁にはイルミネーション電球。屋内や夜間のシーンを彩る色彩と絶妙なカメラ構図が美しい作品です。
アーティスティック系
~『ナイト・オン・ザ・プラネット』『エンパイア・オブ・ライト』『グランド・ブダペスト・ホテル』~
映画の中でネオンサインは、ただの装飾にとどまらず、物語やキャラクターの感情を映し出す重要な要素として機能します。
最初に紹介するのは『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991年)。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ミステリー・トレイン』で注目されカンヌ国際映画祭で賞も獲ったジム・ジャームッシュ監督。スタイリッシュな映像とオフビートなテンポが特長とも言えます。本作はロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台に、タクシードライバーと乗客の人間模様を描いた作品です。車窓に流れる景色で各国の夜の街並みが描かれます。5つのストーリーを通して街の息遣いを感じさせるのがネオンサインです。その違いを楽しんでみてください。
華やかなニューヨークやパリから一転し、灯りも少なく寂しい雪道が続くヘルシンキパート。ハンドルを握るのはアキ・カウリスマキ監督作品で知られる名優、マッティ・ペロンパー。彼もまたオフビートな演技が持ち味。ジャームッシュとの相性も抜群でした。
続いては『エンパイア・オブ・ライト』(2023年)。
1980年代。イギリス南東部のマーケイドという海辺の町を舞台に、寂れつつある映画館「エンパイア劇場」で働くヒラリーとスティーヴンの心の交流を描いたヒューマンドラマです。「人生を照らす光は、きっとある」のキャッチコピーが指し示す通り、物語にも映像にも「光」が重要なキーになっています。スクリーンに投影される光の筋道。人生における希望の光。それはバスルームのキャンドルの灯りや海辺に広がるライトアップ、映画館の屋上から眺める花火などでも視覚的に描かれています。ロケーション選定にあたり監督のサム・メンデスは100年続くアールデコ建築が美しいショッピングモール「ドリームランド」を第一印象で決めたそうです。そのインスピレーションに間違いはなく、外観に「EMPIRE CINEMA」の黄色いネオンが見事にマッチしています。
アーティスティックな色彩美といえばウェス・アンダーソン監督を思い浮かべる方も多いでしょう。パステルカラーを基調とした独特の配色は一目で彼の作品だと分かります。最近ではスマートフォンの写真加工アプリで「ウェス・アンダーソン風フィルター」なるものも現れ一般層にも知られる存在になりました。その中で東欧仮想の国ズブロフカ共和国を舞台にした『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)はネオンの要素こそ少なめですが色彩と光の魔法に浸れる作品です。
メリーゴーランドに乗ったアガサが詩集を読むシーン。回転する背景に配置された電球のラインは、画面に温かみを生み出しています。シーンが切り替わり、今度は赤や黄色、オレンジの光がクルクルと周り、アガサの表情に陰影を与えます。一度この世界の住人になれば『ダージリン急行』や『犬ヶ島』など沼に嵌れること請け合いです。
サイケデリック系
~『アイズ ワイド シャット』『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』『ドアーズ』~
最近あまり耳にしなくなった「サイケデリック」という言葉。ネット辞書には「幻覚や陶酔状態を想起させるさま」と説明されていますが、アートの世界では派手な原色を使った作品を形容するケースが多いです。
『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』などで知られるスタンリー・キューブリック監督。遺作となった『アイズ ワイド シャット』(1999年)もまた淫靡な世界を描いており、妖しさが溢れています。特に印象に残るのが貸衣装店「Rainbow」でしょう。その名の通り、「虹」をイメージしたエントランスのネオンサイン。なかなかデザインも洒落ていて「欲しい」と思われた方もいるのではないでしょうか。現在、ロンドン北東部に実在するカフェに飾られており、実際に見ることもできるそうです。一度は目にしてみたいですね。
他のシーンでも窓や店内に七色のイルミネーションが飾られており、世紀末の華やかでいて混沌とした空気がフィルムの中に閉じ込められています。完璧主義者として知られるキューブリック監督は1つのシーンで何度もやり直しを求め、当初18週間の予定で組まれていた撮影スケジュールは46週までずれ込んだそうです。ギネスブックに「撮影期間最長の映画」という部門で認定されており、トム・クルーズの次作のクランクインが大幅にずれ込んだという逸話も。
『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』(2021年)もまた極彩色のビジュアルで好みが分かれる作品。監督は「次世代のタランティーノ」の呼び声高いアナ・リリ・アミリプール。なかなかの暴走ぶりです。12年間、精神病院に隔離されていた主人公が特殊能力に目覚め、サイケな音楽が鳴り響くニューオーリンズへとう逃避行。黄色のネオン管風タイトルロゴが示すように劇中シーンでもネオンの刺激的な光がライティング効果として登場人物を毒々しく照らしています。アンダーグラウンドなナイトラウンジ空間構築を検討されているのであれば参考にしてもらいたいです。
もう一本。1960年代の代表的なサイケデリック・サウンドといえば「ハートに火をつけて」や「まぼろしの世界」などでヒットを飛ばしたバンド「ドアーズ」。ボーカルのジム・モリソンは27歳の若さでこの世を旅立ちました。その半生を描いた伝記的映画が『ドアーズ』(1991年)です。
ライブハウスやバーのシーンでは当時を再現したネオンが演出効果として登場します。監督が社会派のオリバー・ストーンなのでサイケ色はそこまで強くないのですが、モリソンの生き方がかなりぶっ飛んでいるので観る時は覚悟が必要です。
サイバーパンク系
~『ブレードランナー』『未来世紀ブラジル』『ゴースト・イン・ザ・シェル』~
LEDの技術革新とコストダウン化により、店内装飾でネオンを採り入れるのが近年トレンドとなりました。2023年に開業した新宿の東急歌舞伎町タワーはその代表例。各階、趣向を凝らしたギラギラなネオンサインで埋め尽くされ、電脳世界さながら。SNS映えするスポットとしても注目されています。
例えるならば「電脳世界」。ミドル世代ならば『ブレードランナー』(1982年)を真っ先に思い浮かべるのではないでしょうか。舞台設定は2019年のロサンゼルス。製作時からすると30年以上先の未来を描いており、酸性雨が降りしきる人口過密都市にネオン広告がギラギラと光っているシーンは、公開当時も話題になりました。中でも印象的なのが高層ビル壁面に投影される「強力わかもと」のサイネージ。平成世代にとって映画内の架空広告と思われているようですが実在する商品です。
この世界観を創ったのはリドリー・スコット監督。イギリス出身で、美術大学ではグラフィックデザインや絵画、舞台美術を専攻。卒業後はセットデザイナーの仕事に携わった時期もあったそうです。日本を舞台にした『ブラック・レイン』や最新作『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』などでも細部に渡りデザインにはこだわっており、街並みは新宿歌舞伎町や香港をモチーフにしたと語っています。そして実作業を任せたのがアメリカの工業デザイナーのシド・ミード。当初は車両デザインのみの予定だったのが本人の仕事に対するポリシーもあって、都市の外観や小道具に至るまで全てをデザインしたそうです。前述の「強力わかもと」も彼のアイデアとされています。
『未来世紀ブラジル』(1985年)もまた独特の視覚イメージでカルト的な人気を博しています。本作のオリジナルロゴもピンク色のネオンを模したもの。監督は鬼才 テリー・ギリアム。元アニメーターの性分なのか底知れぬ想像力(創造力)で脳内イメージを美術セットに具現化させます。サムが逃避行するシーンでネオンは不安を助長するかのように画面上に頻繁に現れます。ショッピングモール内、クリスマスディスプレイでもある巨大な赤の渦巻き。教会の十字架や道標的な青のネオン。ダクトが張り巡られた街も当時の映画美術としてかなりハイレベル。それもそのはず、製作費2000万ドルの大半はセットに使われているのですから。
もう一本は『オルタード・カーボン』(2018〜2020年)にするか迷いましたが、サイバーパンクといえば外す訳にはいかない『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017年)をチョイス。士郎正宗の『攻殻機動隊』が原作のこちらの作品は、主人公の草薙素子役にスカーレット・ヨハンソンをキャスティングしたことでちょっとした物議を醸しました。香港を中心に撮影された街並みはまさにサイバー。宙に浮かぶ魚や仏像などの巨大ホログラム。ネオンも前述の歌舞伎町タワーさながらに雑多な賑わいを演出しています。ナイトクラブ“サウンドビジネス”の妖艶なマリンブルーのネオン照明も実にクール。とにかく光が美しい作品です。
アジアン系
~『恋する惑星』『天使の涙』『燈火(ネオン)は消えず』~
先ほどの『ゴースト・イン・ザ・シェル』でも触れたように、香港はかつてアジアにおけるネオン文化の象徴でした。世界三大夜景の一つとも称えられる「香港100万ドルの夜景」。観光名所でもある標高552メートルのビクトリアピークから眺める煌びやかな光は豪華絢爛なネオン看板が大きく寄与していています。アジアでありながらどこか無国籍。それはかつてイギリス領土だったことも影響しているのでしょう。
アジアンなイメージ
中国返還が迫った90年代前半。そんな香港をスタイリッシュに描いたのが『恋する惑星』(1994年)です。監督はウォン・カーウァイ。手持ちカメラによる疾走感あるフレームワークや早送り&スローモーションを多用した演出手法は当時斬新でした。冒頭、刑事役の金城武がネイザンロードで犯人を追いかけるシーン。ぶれた画面にはネオンの光が残像のように線を描きます。漢字でなく英語のサインが多いのもポップさを感じる要素のひとつかもしれません。
同じウォン・カーウェイ作品『天使の涙』(1995年)は、もともと『恋する惑星』のプロットの一部だったと言われています。超広角レンズを多用し、九龍(クーロン)や尖沙咀(チムサーチョイ)といったロケーションをダイナミックに描いています。走るバスの車窓から見え隠れするネオン。街並みを切り取っただけなのに、あたかもこの作品のために作られたかのようなスタイリッシュさ。撮影カメラマンを務めたオーストラリア人、クリストファー・ドイルの手腕によるところが大きいかもしれません。
最後にどうしても紹介したいのが『燈火(ネオン)は消えず』(2022年)。香港のネオン職人ビルの死後、妻メイヒョンが夫のやり残した最後のネオンを完成させようと奮闘する物語です。
かつて香港の夜景を彩っていたネオンサイン看板も2010年の建築法等改正以来、高さや大きさに制限が設けられ、10年間のうちに9割が違法と見做され撤去。クレーン車で大型ネオンを撤去作業する映像もインサートされ、香港の街から姿を消していく様子が描かれています。
LED化の波が進み、職人は次々と廃業。そんな中、ビルは最後までガラス管にこだわるも、借金は膨らむ一方。生活苦の中、娘の進学などもあり家族仲にも険悪なムードが漂います。
しかし、夫を失ったメイヒョンは彼の生きた証を辿るうちに考え方を一変。ビルの工房で出会った弟子と名乗るレオと共に、彼の遺志を継いでネオン作りに挑戦します。ガラス管を熱して曲げ、文字をつくる。「ネオンは光の書道」という台詞が出てきますが、コンピュータもない時代から手書きで下絵を作る工程はまさに書道に近いものがあります。エンドロールでは実際のネオン職人も紹介。
「ネオンには神様がいる」、言葉の意味はぜひ作品でご確認ください。きっと今以上にネオンサインが好きになるはずです。
以上、今回はネオンサインが印象的な映画を筆者の独断でピックアップさせていただきました。チョイスやカテゴライズ分けには主観も入っておりますが、皆さまの中でも「この作品でもネオンサインが使われているんじゃないかな?」といった感想などありましたでしょうか。ネオンサインが映し出す光と影、夜の街の雰囲気がキャラクターの内面にどのように響くのか、その繊細な相互作用を探ることで、映画の視覚表現の奥深さもより理解できるかもしれません。今回取り上げた演出効果が皆さまの参考になれば幸いです。
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