紀州漆器とLEDサインの新しいコラボ 伝統と革新、2つの技術から生まれる技術継承の形

デジテックが本社を構える和歌山県海南市は、福島県の会津塗、石川県の山中塗・輪島塗と並ぶ全国三大漆器産地。室町時代に始まった匠の技が今なお「紀州漆器」として受け継がれています。

伝統技術とLEDサイン。一見全く接点がなさそうですが、サイン制作でも塗装は目に触れる部分を担う重要な工程。それならば一緒に何かできないものか。そんな想いから漆器職人技を取り入れたLEDサインが誕生しました。

今回は代々紀州漆器を製造する「町宗工芸」の3代目、町田智哉さんとデジテック代表取締役社長の古澤がこの取り組みと紀州漆器について対談した内容をお届けします。

漆器産地と職人の歩み

古澤:もともと海南でどうして漆器が一大産業になったんでしょうか。

町田さん:木地となる木材が豊富だったことが理由です。昔は1人ひとりが自分の漆椀を持っている時代だったので、それなりの数が求められたようです。

古澤:だから産業になっていったのか。多い時で何軒ぐらいあったんでしょう?

町田さん:300軒はあったと聞いています。でも分業性なので、全てが完成品を売るというわけではなくて、携わった人(店)でいうとそのぐらいだそうです。

古澤:その頃は通りを漆器屋さんがひしめきあっていたんだ。それが今どれぐらいに?

町田さん:今は100軒ちょっとですね。漆を扱うのは作家と呼ばれる人で、今はほとんど漆を使うことはなくなっています。

古澤:じゃあ今は大半が漆塗装の技術を生かした塗りの仕事をしているということですね。町田さんで何代目?

町田さん:町宗工芸としては3代目ですが、前身にひいおじいさんが「町音」という名前で塗師をしていたんです。ちなみに町宗工芸になって今で74年。町音がいつ始まったのかは定かではないのでおよそ100年くらいでしょうか。

古澤:じゃあ子どもの頃から慣れ親しんできたわけだけど、見ているのと自分がやるとでは違うものですか?

町田さん:やっぱり職人って大変だなというのを実感しましたね。塗りの技術を習得するにはやはり時間がかかりますし、吹きつけといっても湿度や気温と条件が違うと変わってきます。失敗もたくさんします。何回も「塗る」作業をすることで自分の中で感覚を掴んでいくんです。

古澤:その経験が技術になるんですね。塗装なんてどこでやっても一緒、きれいに塗れていればいいというところもありますが、僕は誰がどういう想いでどこで塗っているのがすごく大事だと思っているんです。ものづくりをする時、海外で発注してものを持ってきて売ればそりゃ売上になるかもしれないけど、じゃあ地場の人たちの仕事ってどうなるのって考えた時に、海南に拠点を置くタカショーデジテックとしては、地元の人たちと少しでも仕事に携われるかがすごく重要。なおかつ歴史のある技術で塗装してくれることによって、またひとつ作るものに命が吹き込まれることに意味があると思っています。

伝統産業とLEDサインの出合い

古澤:マクドナルドの創業者の話に、その町でハンバーガーを売ったらパン屋が儲かるという話があるんです。同じように自分たちだけじゃなく、自分たちに関わる人たちが一緒に成長していける、そういう仕組みが和歌山からできるとおもしろいなと思ったのが漆器の技術をサインに取り入れようと思ったきっかけです。なかなかこういった伝統産業の世界が新しいことにチャレンジしていくのって難しい面がありますが、我々と一緒にそのチャレンジしながら、今まで培った塗装の技術がうまくお互いに高め合って、そこでまた仲間が増えていってくれたらいいなと。だから漆器の塗装を続けてきたこのストーリーを大事にしたいんです。

町田さん:すごくありがたい話ですし、産地全体で職人不足がこれからの課題なんです。もちろん全国的に職人は減ってるんですけど、紀州漆器も然り。その中でこれからどうしていこうかって時に漆器の人でも「こういうの塗れるんや」っていうのを知ってもらえれば、仕事の幅が広がっていくなと思うんです。だから、話をいただいた時に「これはチャレンジするしかないやろ」と思いましたね。

古澤:あの時のことは今も覚えてるけど、町田さんが来てくれて、こんな風に地場産業を盛り上げたい、さあ、伸るか反るか!?と言った時に「ちょっと考えさせてください!」ってなったんですよね。

町田さん:親父とも相談しないといけなかったのであの場では即答できなかったんですけど、古澤さんがすごく想いを持って言ってくださっているのはわかりましたし、同時に職人としていろんなことができた方が強みになるなということも考えました。うちの課題としても人というのがあって、あと10年経ったらどうなるかを考えないといけない。放っておいたら1人になるんですよ。サインも昔ながらの漆器製品もしっかりやりながら、その中で人を雇用して職人を育てて、いい循環が生まれたらいいなと思うようになりました。

古澤:まさしくきっかけにしてくれたらいいと思ってます。やっぱりこの産業って衰退していくよねって言っているところに人は集まらないし、リスクでしかない。でも町田さんが僕たちと一緒にしっかり仕事を作りながら、裏で自分たちのやりたい、守るべき伝統の塗装を続けるのがいいと思うんです。逆に僕たちを利用して新しい事業を展開しようとか、新しい技術を売り込もうとかもあり。そういう未来のある市場になれば人はおのずと集まってきますよ。実際、町田さんが塗装したサインが銀座や表参道のどこどこで飾られてるって聞くと嬉しくないですか。

町田さん:それはすごく嬉しいですね! 今までの漆器製品は大量生産のものが多くて、毎日200、300と同じものを問屋さんに納品したらどこに行ったかわからないんです。サインはそんなことがないし、たまに地名や場所が入っているものもあるので、「あ、ここの店に行ったら僕の塗ったサインがあるんや。見にいこうかな」って思うし、それがやりがいになります。看板って店の顔。やってて責任感も感じますし、おもしろいなと思います。

古澤:そういうおもしろさをどんどん感じられるようになっていけば、同じように共感してやりたいって人が増えてくるだろうし、そうして職人を育てて事業拡大していけたら、全然衰退する事業じゃないよ。伝承されている技術は間違いなく自分たちのものだし、価値だから。それを生かして頑張っている会社や職人さんの技術が、和歌山だけでなく日本全国で知ってもらえる場所に設置するのが僕たちの役目。

町田さん:それは本当に嬉しいし、やりがいを感じてます!

未来への想いをサインにのせて

町田さん:サインの塗りは塗る意図が全然違うので、まず遮光をしてその上にトップを塗るんです。漆器って簡単にいうと色を塗って終わりですけど、サインの場合は遮光が必須で、何回も白を塗り重ねる、この意味を理解するのに時間がかかりました。1回塗ったら白くなるし、これでいいんじゃないの?と思ったんですけど、それだと内側のグレーが透けたりする。初めの頃は頭を悩ませました。

古澤:今までの塗装とは全然違ったんだ。

町田さん:そうなんです。それに毎回形が違うじゃないですか。

古澤:塗りにくい場合もありますか?

町田さん:お盆だと丸い形ですけど、サインは1文字ずつ形が違って文字の幅が違ったりサイズが違ったりするので、ああこういうのがきたか、どう塗ったらいいかなと考えながらチャレンジしていますね。

古澤:今までの塗りの垂れ具合や厚みを調整する技術があるからできるってことですよね。

町田さん:そうですね。でもやっぱりちょっと勝手が違います。サインは切り立った鋭角な部分がすごく難しいんですよ。

古澤:じゃあ鋭角なのが来たらにやけたりする?

町田さん:にやけますね(笑)。お、きたなって。ゲームのボスに対面するような感じで、ものすごく鋭角なのがきたら「こいつレベル高いな!」って。古澤さんの送り込んできた刺客をどう攻略するか、それに楽しみを感じている部分はあります。

古澤:普段うちの開発や製造メンバーとやり取りをしていただいてますけど、彼らもこだわりと持ってアクリルをカットしてLEDを実装する職人。だから、職人対職人の勝負。それでいいものができているんですね。

町田さん:そうなんです。だからこそ、できたサインを現場で見た時には感慨深くてずっと眺めてましたね。

古澤:うちのスタッフもみんなそんな感じ。自分が作ったものが現場につくとうわ〜ってなるし、逆に自分たちの作っていないものも気になりだす。

町田さん:そうですね! それは思います。

古澤:それはもうデジテックの仲間です(笑)。

町田さん:ほんとにサインは僕のやりがいの1つになっています。

古澤:そういう想いがすごく大事で、僕らの作っている製品に対してそれを理解して買ってもらえるってことでいいと思うんです。もちろん安くてそれなりのものであればいいというのも別にいいと思う。二極化される中でちゃんとしたいいものが欲しい、なおかつそこにストーリーがあって想いこもっているものが欲しいっていう方に地場産業との橋渡しができたらというのが、あの「伸るか反るか」の時の話。で、伸ってくれたから今日があるわけで。

町田さん:伸ってよかったです。漆器の世界は狭くて、特にうちは塗りのみで外の人と関わることがないので、こういう形で外と関わっていろんな意見や想いを聞くことで、より自分もこうしようという気持ちになります。

古澤:作業だけでなく、その前後やストーリーも含めれば、めちゃくちゃかっこいい仕事だと思うんです。そういうのを一緒に出していって、そこに共感する若い子が弟子入りさせてくださいって来たら最高の結果だよね。

町田さん:そうですね。自分自身、あいつに頼んだらなんでもうまく塗ってくれるでって言われる職人が目標です。変わった仕事でもあいつに頼めば大丈夫という存在。そのために今デジテックさんとしている仕事も今後生きてくると思っています。塗装を若い子の「やりたい仕事」にしたいですね。

古澤:そうしていきましょう。今日はありがとうございます。

漆塗りの技を用いたサイン事例

町田さんが紀州漆器の技術で塗装したサインの一部をご紹介します。

神戸市立名谷図書館

昨年(令和3年)に大丸須磨店4階にオープンした図書館。ガラス張りのオープンな壁面に、施設のコンセプトである「TOMARIGI」のイメージを設置。真っ白な文字が木をふんだんに用いたナチュラルな空間にマッチしています。

POLISH五反田スタジオ

東京・五反田にあるポールダンススタジオ。表面はシックな漆黒ながら、イメージカラーであるビビッドなピンクをサイドから光らせたスタイリッシュなサインとなりました。

紀州漆器と町宗工芸

紀州漆器

室町〜戦国時代に近江系木地師の集団がこの地に住みつき、豊富な紀州桧を木地として木椀の製造を始めたことに端を発する漆器。その特徴はシンプルで丈夫なこと。日常生活に気軽に使える実用性から、江戸時代には庶民の日用品として親しまれてきました。現代は木の代わりにプラスティックを用い、漆ではなく合成塗料をスプレーして吹き付けるなどの製法が主流となっています。

町宗工芸

紀州漆器は木地師、塗師など、徹底して分業性を敷いてきたことも特徴のひとつ。中でも代々塗師として紀州漆器の文化を支えてきた漆器工房のひとつが「町宗工芸」。お盆や弁当箱、椀などの日用品をはじめ、さまざまな塗りを請け負っています。

この記事を書いた人

CreativeLab.

『Creative Lab.』は、光を中心に屋外空間にイノベーションを起こすクリエイティブチームです。 デザインやアイデアで光の価値を創造するデザイン・企画チーム(AC)と、技術・開発で光の価値を創造する設計開発チーム(DC)で構成されています。 AC / DCで連携を取り、あらゆる屋外空間に合う光や価値を考え、新しくてワクワクする提案を行っています。

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