海辺の秘境「矢櫃」の今を光で伝える 「照らしちゃる矢櫃-YABITSU LIGHT UP PROJECT-」特別対談

タカショーデジテックが有田市、くらしちゃる矢櫃運営協議会と共に2022年8月25日から3日間行ったインスタレーション・アート「照らしちゃる矢櫃-YABITSU LIGHT UP PROJECT-」。和歌山県有田市の矢櫃地域全体を会場に、幻想的な光のインスタレーションを繰り広げました。

地域の人口は144人。有田市の中でも秘境と言って過言ではない海辺の小さな集落「矢櫃」は、海に面した山の斜面にいくつもの家々が建ち並ぶ美しい街並みが特徴です。車が入れないこともあって守られてきた素晴らしい環境と美しいロケーション、そして不便ゆえの人口減少問題。そんな現状を届けるメッセージとして行ったのが今回のライトアップでした。今回はその現場で、望月良男有田市長とタカショーデジテック代表取締役社長の古澤が対談した内容をお届けします。

有田の秘境・矢櫃の今と昔

古澤:市長、今日はよろしくお願いいたします。いい天気ですね。

望月市長:いやぁほんとに。選挙の時はこういった坂も汗をかいて歩くんですが、こんな風に海を眺める余裕はないですから、改めて今日は気持ちがいいですね。

古澤:後ろに波のぶつかる音がして、鳥のさえずりが聴こえたりして、本当に気持ちいい。そしてこう振り返ると、白い建物がめちゃくちゃ多いんですよ。

望月市長:矢櫃という地域の起こりは400年くらい前で、その当時は木造だったんです。昭和の時代に施工性や台風に強いこういった建物になったんだと思います。今見るとなんだかヨーロッパみたいでかっこいいですよね。

古澤:こう眺めると劇場型というか、ちょっと迫り出した感じで奥行きもあって、その後ろが山、空で下は海。このロケーションはなかなかないですし、何より上から下りてこないとこの景色を見られないのが贅沢。本当に絶景ですよね。

望月市長:初めて私が見たのは中学生ぐらいかな。感動しましたね。有田市内にこんな場所があるのかと衝撃を受けました。その当時は市長になるなんて思ってもなかったですし、こういう人口の減少時代や地域のコミュニティが全国的な課題になる今のような世の中が来るなんてことも考えませんでしたね。

古澤:確か全部で146棟で、その44%が空き家だと聞きました。その当時はここの全棟住まわれていたんですか?

望月市長:はい。私は団塊ジュニアぐらいの世代ですが、ここには同級生が何人も住んでいましたし、活気もありましたよ。そこに見える建物が有田観光ホテルで、当時はロープウェー風呂があって大阪とか京阪神からのお客様が多くて賑わっている立派なホテルでした。

古澤:その頃もアクセスとしては車を上に停めてここの坂はずっと歩いてこないといけないといけなかったんですよね?

望月市長:そうですね。私が小学生というと40年ぐらい前になりますが、当時は学校までバスが出ていました。人数が減るのと比例してそういったところは節減されて、随分と時代が変わりましたよね。

秘めた魅力を伝えるために

古澤:それこそ有田市の中でも矢櫃にいったことのない人もいるんですよね。僕がいろんなところでここの話をしていると、矢櫃を知らない和歌山の方が多いなと感じるんです。

望月市長:私たちがあまり発信できていないというのもあるんでしょうけど。

古澤:逆に言うとまだ知られていない秘境なんだと思いますし、私は数年前に「くらしちゃる矢櫃」(※移住体験施設)に一晩泊まらせていただいたことで知りました。

望月市長:その頃取り組んでいた「5つ星プロジェクト」(※西海岸エリア5つ星プロジェクト)の1つがくらしちゃる矢櫃だったんです。でもその5つを始めた当時は、矢櫃に住まわれている方ももちろん、地域外の方も「なにやってもあかんやろ」「あんなところに行政が市民と一緒になにができるの」と。そんな空気感から始まりました。

古澤:そもそも市長はなんでここに「くらしちゃる矢櫃」を作ろうと思ったんですか? 何かきっかけがあったんでしょうか?

望月市長: 400年かけて人が住み、営み、文化として備わり歴史を刻んできたものが、ここから100年かけて誰も住まなくなって遺構みたいなものが残っていくのが本当に悪いのかどうかって考えたんです。時代の変化とともに人が感じる幸せや利便性が変わって、住みづらくなって人がいなくなってしまうことって、いいのか悪いのか、正解がないですよね。その先の先の先にはもしかしたらそうなることもあるかもしれない。でも全国一律に地方創生という名のもとに、もう一度地域の良さを見直すいう動きがある。それに対して、矢櫃にはもう一度今の時代にあった魅力を磨けば、お金も時間もかけて喜んでもらえるポテンシャルがある。そこで、私たちがユニクロを呼ぶとかではなく、ここにしかないものでここにしかない磨き方をすることが大事。それが求められている地方創生だと思うんです。でも自分たちだけでは自信もノウハウもない。だから行政や民間で少しずつ積み上げていきたいというのが5つ星の始まりで、矢櫃も「くらしちゃる矢櫃」を拠点とすることでゼロからイチを作りたいという思いでやってきました。

古澤:まさに僕はそこに魅了され、ご縁があって泊まらせていただいたんですが、最初はあの坂を下るだけでも大変でしたし、暗くて怖いという感覚でした。住民の方が来てくださって、みんなでご飯を食べてワークショップをやって、夜語り合って寝る。寝る時は本当に静かで、波の音しか聞こえないんですよね。朝方も車の音がしなくて、今も聞こえる船の音がボボボと聞こえてくるだけ。そんな体験の中で、夜散歩している時にこの場所の素晴らしさを私の形で伝えられないかなと考えたのが最初でした。実は今回のライトアップの絵はその4年前に描いていたんです。多分市長にも一度お見せしたことがあると思うんですけど、だからといって簡単にできることじゃないので、ずっと僕のパソコンのフォルダの中にしまわれていました。でもそこからいろんなご縁があって、今日ここにライトアップできるようになりました。その時に「ここじゃなきゃできない」「あえてくる場所」にしたくて、コンビニやマックが悪いわけじゃないけれど「ここじゃないと」「あなたとじゃないと」「今じゃないと」を体験できる場所にしたいと思いました。

望月市長:古澤社長のような方に出会ってもらえたということが、私たちの理想なんですよ。「くらしちゃる矢櫃」を作ったときにイメージしたのは、思いがけないクリエイティブな人と出会って、何かの化学反応が起こって、そこからまたイノベーションにつながるということでした。でも、そこで大事なのは、住んでいる人の幸福感が上がらないと意味がないということ。でもそこを一番大事にするとスピード感がゆっくりになる。もどかしいなと思いますが、そこは外せないんです。

古澤:イベントします、ライトアップをしますとなると、結局集客しないといけなくて、それがイベントの対価という風になってしまう。そうすると、そこに住んでいる人に迷惑がかかるようならやってくれるな、となる。だから今回はシークレットにして、インスタレーション・アートにするのが一番いい方法だなと思ったんです。この場所の魅力を伝えながら開催期間中は関係者しか入れない。でも我々が後から配信していくことで矢櫃の美しさを伝えたい。夜の矢櫃を見て「ここどこだ」って感じた時に、残念ながらライトアップはもうやってないけれど昼行ってみようとなる。イベントと違って人の分散も取れる和歌山県内には若いイノベーションを起こせる子たちがいっぱいいるので、僕が市長にきっかけをもらったように今回のような形のイベントをきっかけにその子たちに何か気づいてもらって、何かをここでしたいとなればいいなと思っています。

地域のマインドとハブ人材

望月市長:ありがたいことに大阪の方からの移住もいただくようになっていろんなアクティビティのコンテンツを作っていただいたし、カフェもできて、いろんなものが生まれてきているなと感じています。コロナの2年間で止まってしまったこともありますけど、皆さん一時停止しているわけではないし、矢櫃のゆっくりした時間の中でそこの方々のスピード感を大事にしながらできることがある。何もしなければ、何もしないまま課題に押し潰されるので、今回のこういった考え方をお持ちの方に出会えて、こういった取り組みでまた次の何かが起こり、というのがすごく有難かったです。でも、意外と地域に皆さんを受け入れるマインドみたいなものがあると思いません?

古澤:それはすごく感じました。

望月市長:「くらしちゃる矢櫃」を始めようと思った時に、和歌山大学の学生さんとフィールドワークをしたんです。一軒一軒全部回ってアンケートを取ったり話を聞く学生に対して、お孫さんが来てくれたみたいに喜んで、みんな話してくれるんですよ。その結果、84%が「外から人が来ることをよしとする」というデータが取れて、これはと思ったんです。高齢者も多くて、ゴミ出しをするのにいつまで上ったり下りたりできるやろうという風な不安もある中で、外からの人がきてくれて何かが起こって課題解決になるのを歓迎するという素地がある。

古澤:ほんとそうですね。とはいえ、やっぱりどういう人が何をするのかって住まわれている人は不安じゃないですか。だから、なかなか受け入れる気持ちはあっても二つ返事でいいよとは言えない。そんな中で、ヤビツビレッジ(矢櫃を遊びつくすための拠点の施設)ができた。最初はあいつら何するんやっていう感じに見られてたと思うんですよね。でもコロナになった時に彼らがすごくしっかりとコミュニケーションを取ってくれてたっていうのが私にとっては非常に大きくて、僕がやりたいことを、僕が話して回るんじゃなくて、彼らと市の職員さんが間に入ってくれて地域のコミュニティと信頼関係を気づいてくれたおかげでできたイベントだなと思っています。

望月市長:そうですね。手前味噌ですが職員もよくやってくれていると思います。月に1回進捗の会議があって、私もそこ入って話を聞いていると、進み方が遅いとか、成果を求めてやってしまいますよね。地域の皆さんと私なんかの間に入って、スピード感を守ってコミュニケーションを閉ざさずここまで続けてくれている職員には感謝しています。実はあまり言ったことがないんですけど。

古澤:それはぜひもっと言ってください。本当に今回のイベントも皆さんに協力いただいてできたイベントだと思っています。何よりも昨日(イベント初日)からライトアップしていると、普段なかなかここまで下りてこないという住民の皆さんが下りて来てくださって、「80年いるけど、こんな矢櫃みたことない」って、笑顔で1時間も2時間もいてくださっているのが、それこそヤビツビレッジの方も有田市の職員の皆さんも、一番嬉しいことなんじゃないかなと思いました。

望月市長:ですよね。80年どころか初めてのことですから。こんな日が来るとも思っていなかったでしょうし。

それぞれが届けるメッセージ

古澤:僕たちがこのインスタレーション・アートで伝えたかったのは、このロケーションで、ここから見た矢櫃の魅力、もう1つがどんどん人口減少が進んでいることを何か光で伝えられないかなというのがありました。この2つの光を見ることで、何か感じてもらえるものがあるんじゃないか。だから、一番は住民の方に見てもらいたいというのがありました。このあと7時からライトアップが始まりますが、市役所の職員さんがライトアップする家に一軒一軒まわって許可を取っていただいて本当に感謝しています。

今回、空き家も一緒にライトアップしてるんです。3分間のインスタレーションの中で、最初は矢櫃の海が表現されて、続いて山の色、そして山と海が重なった場所、それが矢櫃だという表現があり、その後に夕陽がきます。そして夜空が映り、それぞれがミックスされた一番きれいなシーンがあった後、徐々に光が消えていって、最後に残るのが空き家だけ。少し寂しげな青色の光から、もう一度ここにいろんな人たちが集まってくればおもしろいものになるんじゃないかっている色に少しずつ変わっていって、最後に全部が消えるっていうそういう3分間のプログラムになっています。

海の美しさ
山地形
夕暮れ
人々の暮らしの灯り
矢櫃の魅力を表現したライトアップ
空き家だけを照らした現状の寂しさ
人口減少への危機感

望月市長:なるほど。

古澤:それを知って見ていただくとまた感じるものも違うだろうし、そうじゃなくても見るだけでもものすごくかっこいいなと思っています。音楽を入れることも考えたんですけど、どう考えてもこの波の音とその虫のさえずりがすごくいいので、あえて何も入れずにシンプルにライトを入れています。

望月市長:わかりやすいですね。やはり光には力がありますから。有機的な山や海があって、普遍的にこの場所がある。人間が生きていて何か表現したり、幸せになりたい、いい未来を作っていきたいという、そういう時にそういう技術が有機的なものをすごく素敵にマッチさせてくれてメッセージとしてくれるって素敵やなと思います。

古澤:うちの理念が「光の演出で人の心を彩る」なんですが、光で感動させたりわくわくさせようというのを社員みんなが考えていて、もう1つ、我々がこの会社を運営している存在意義は「今ある光の入れ替えではなく、今暗いところに光を灯す」。いわゆる照明業界で値段や機能を競うのではなく、今暗い場所にある暗い理由を探して問題解決することで、自分たちの存在価値を高めようと思っています。まさしくここがその1つ。人が集まる要因は「光とエサと蜜」と僕はずっと言っているんですけど、虫と結局一緒で、光に安心して集まってきて、そこにおいしいご飯があって、蜜というのはこういう景色であったり人との会話であったりが生まれると、そこって自ずと人が集まる場所になるのかなと思うんです。ここがそういう場所に最適だなと思っていましたし、ここがそういう形になるお手伝いが少しでもできれば嬉しいです。

望月市長:ありがとうございます。光は単純にかっこいいなっていうのがいいですよね。かっこいいな、おしゃれやな、きれいやなっていうのがあって、でもそこにはきちんとメッセージ性がある。それが余計にいいなと思います。

古澤:市長はこの矢櫃を含めて有田市がどうなっていってほしいとお考えですか?

望月市長:例えばどんどん人が増えたり、休みになると一斉にここに人が集まりますっていうのをやりたいわけではないんです。地域の皆さんが未来に向けて今何かを作っている過渡期だと思うんですね。50年ぐらい前に住んでいる時のミッションとはまた違う。今はこうゆっくりでも素敵な時間を過ごしながら今を矢櫃に生きている皆さんが本当に豊かだなと思えたらいい。人って人からいいなと言われると自己肯定感も出てきますし、人に褒められると嬉しいし、もっと頑張ろうと思うものです。だから、まちもやっぱり自分たちでいいないいなっていう人は少ないけれど、外から素敵ですねと言われることで自分たちがこんないいところに住んでたんやと思い返して、いいサイクルを作っていけたらいいなという感覚です。なかなか思うようにはならないと思うんですけど、そんな感覚で行政の意思決定をしていきたいなと思っています。

古澤:またいろいろと我々がお役に立てることがあればぜひやらせてください。

望月市長:ありがとうございます。まだまだアクティブにやりたいと思っているので、ぜひよろしくお願いいたします。


集客を目的としない、地域課題を伝えるアートとして行った初の試み「照らしちゃる矢櫃-YABITSU LIGHT UP PROJECT-」。和歌山県民でもあまり知られていない矢櫃の魅力が光によって多くの人に届くことを願っています。

対談の様子はYoutubeでも配信しています。
ライトアップの様子はこちら

→「照らしちゃる矢櫃-YABITSU LIGHT UP PROJECT-」の概要はこちら

→くらしちゃる矢櫃

→ヤビツビレッジ

この記事を書いた人

CreativeLab.

『Creative Lab.』は、光を中心に屋外空間にイノベーションを起こすクリエイティブチームです。 デザインやアイデアで光の価値を創造するデザイン・企画チーム(AC)と、技術・開発で光の価値を創造する設計開発チーム(DC)で構成されています。 AC / DCで連携を取り、あらゆる屋外空間に合う光や価値を考え、新しくてワクワクする提案を行っています。

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